ロングランエッセイ

Vol.82 バラガン

URB HOUSE PHOTO

  メキシコの建築家ルイス・バラガンの作品の構成要素は、壁と窓と色彩に限られているが、造られた空間には圧倒的な力がある。この目で見たいと思った十人足らずの仲間で、メキシコシテイのバラガンの作品見学コースのバスに乗った。バラガン邸、ヒラルディ邸、トゥラルパンの礼拝堂、サン・クリストバルの厩などを回ったが、壁がどれも粗野な塗りのコンクリートなので、男っぽい硬質な空間であった。バラガン邸は、二メートル近い身長で、生涯独身であったバラガンの高い精神性を反映して、凛とした緊張感が漂う。ヒラルディ邸は、敷地が狭いからと断り続けたのを、若いヒラルディが拝み倒してバラガンに設計してもらった家である。黄色の廊下を通り食堂に入ると、赤く塗った柱が水中に建つ青く塗られたプールがあるという特徴的な空間に出合う。このヒラルディが、若くして亡くなる前に、住み続けてくれる友人を探して家を譲り、その家族が住み続けながら、今も見学者を迎えている。そこの息子も建築家になると顔を輝かせていた。家は、住み続けられることこそが、最大の社会的評価である。また、黄色の礼拝堂として名高いトゥラルパン礼拝堂も小ぶりであるが、修道女が礼拝する中で見せていただいたせいか、オレンジ色と黄色に塗られた空間に静謐な時間が流れるのを体験できた。これらの建物は、外から目立つことがないので、案内がなければ通り過ぎてしまうが、その分、中に入った時の感激は大きい。
 サン・クリストバルの厩は、別な魅力を持っていた。馬を洗う池を中心に馬房やブラッシングをする屋外空間が、美しい色彩の壁の巧みな構成に仕上げられていて、そのスケール感と色彩の使い方に驚かされた。初め小雨模様だったが、次第に晴れて、ついには薄日が射して美しい空間が浮かび上がった。来た甲斐があった。この伸びやかなスケールは、北海道に住む人にしか創れないスケール感だと思った。これは、大きな収穫かもしれない。

住宅雑誌リプラン・97号より転載


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