ロングランエッセイ

Vol.85 「円山」と「山鼻」

URB HOUSE PHOTO

旧大原邸 2003年11月解体
札幌市中央区南6条西20丁目 昭和2年完成 
木造一部コンクリート造・3階建て 延床面積495㎡ (約150坪)

 三十年前、北海道新聞で、札幌円山地区に残る魅力的な住宅十軒を、スケッチと一緒に紹介したことがあった。円山住宅散歩「半世紀を生き抜いた個性派たち」というタイトルで十日にわたって連載され、簡単な案内図も付けたので、面白がって見に行く人もあった。
 それらの住宅はどれも昭和初期に建てられたものであったが、まわりにあった住宅にも、同じにおいのする木造の家が多く、そのあたりが「円山だ!」という地域を感じることができた。その記事から三十年経った今は、すべてが失われてしまった。当時、銀行の施設として利用されていた建築家・田上義也の設計した旧小熊邸だけが、円山を離れて藻岩山のロープウエーのふもとに移り、昭和を感じさせる喫茶店として使われている。壊されたいくつかは敷地が大きなこともあって高層のマンションになり、その土地に個性派の住宅の建っていた面影も、風情も、まったくない。そのため、「円山」の街としての雰囲気がなくなり、一つの界隈としてイメージしにくくなって、少し高級であるという名前だけの地区になってしまった。そう考えると、この十枚のスケッチは、もう見ることのない落ち着いた優雅ともいえる「円山」をしのぶことのできる、唯一のものになった。
 今、札幌で危ないのが「山鼻」である。電車通りで囲まれた地域は、落ち着いた住宅地としての評判があり、比較的低層な建物が多かったところであるが、建築の規制が変更されてから、かつての「円山」のようにマンションに建て替えられ始めた。「山鼻」の風情を残す魅力的な住宅を探して、姿を残しておこうと思う。「円山」と同じように「山鼻」という独特の雰囲気が消えてしまう。「円山」の地域の雰囲気をつくってきたのは住宅だけではなく、そこに植えられていた樹木も大きな役割を果たしていた。住む人に愛されて育った樹木も、その地域の風情をつくりだしていた。住宅が変わっても、庭にあった樹木を残すことで地域の風情を残すことができ、「山鼻」を残すことにつながると思う。
 リプランが、二十五年かけて百号に達したというが、偉業である。このコラムも、十六号からなので八十五回。早いもので二十二年近く続いている。

住宅雑誌リプラン・100号より転載


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