ロングランエッセイ

Vol.93 墓碑銘

URB HOUSE PHOTO

 昨年の冬、三十年前に建てた家をひさしぶりに訪ねたら、真新しい住宅が二軒建っていたのでびっくりした。  最初に温室の管理のための家を建てたいと言われ、温室の温かい空気を横取りして住むということになった。温室に寄生するような家をつくるという条件に、なぜか心躍る気分で思い切った提案をした。温室のように屋根の半分はガラス張りにする。その下にある居間は煉瓦を敷き詰めて、誰でも気楽に入って来るようにする。土地の高低差を利用して、スキップにする。居間は吹き抜けとして、全部が見わたせるようにする。さらに五年後に、温室を使わなくなったので七坪の増築をし、合わせて二十二坪になったが、居間は変わらなかった。土足のまま入れる居間には、友達が気軽に寄ってくれると言っていたが、気軽に来すぎる感もあった。
 さまざまな試みを詰め込んだ二十二坪の家を住みこなすのは容易ではないが、この家とともに育った感じの娘さんとその両親は、三十年近くにわたって、巧みに住み続けてくれた。ありがとうございました。
 引っ越してしばらくした時だと思うが、「真冬の厳しい寒さの晴れた晩に、庭に植えた大きな樹の脇で厚いダウンジャケットを着込んで、テラスの椅子に腰かけオンザロックを飲んでいると、心落ち着き、冴えた月を眺めていると冬山の爽快さを感じるのです」と言われたときに、建築的にいろいろ試みたことが小さく見え、はるかに超えた世界を見せられ、衝撃を受けた。その時から「うちのうち」、「うちのそと」、「そとのうち」、「そとのそと」を考えるようになった。
 あの自慢のグリーンハウスの墓碑銘になっただろうか。

住宅雑誌リプラン・108号より転載


コンテンツ