ロングランエッセイ

Vol.94 犬島精錬所美術館

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 前に紹介した海に浮かぶ長崎の炭鉱跡、通称「軍艦島」が、幕末から明治にかけての重工業施設を中心とした「明治日本の産業革命遺産」として、世界文化遺産に登録するよう勧告を受けたという。特に、小さな島に六千人が住んでいたことを偲ばせる痕跡は霊的な魅力さえ感じたが、単なる観光施設にならないようにしてほしい。
 瀬戸内海の島に1909年に造られた銅の精錬所が、銅の価格が大暴落して、わずか10年稼働しただけで閉鎖され、100年近く放置され廃墟になっていた。それが財団法人直島福武美術館財団(現・公益財団法人福武財団)によって、犬島精錬所美術館に生まれ変わったが、これは軍艦島にとって大変参考になるはずである。そこには銅の製錬過程で発生する鉱滓から造られるカラミ煉瓦造の工場跡や煙突などを遺構として修復するだけでなく、「在るものを活かして、無いものを創る」という美術館の思想のもと、建築家・三分一博志は自然エネルギーによって導かれた、風と共に巡るアート空間をめざした。館内に吹く風は、既存の煙突の効果で動いているし、風は土によって冷やされ、太陽によって温められている。館内の環境は自然エネルギーでのみ調整され、人々が風と光によってアートを巡るように創られている。過去の姿の再生から、地球の未来までを考えているところが素晴らしい。ここでは既存のカラミ煉瓦の重い遺構とガラスという透明な素材を使って、新しい建築空間を創り上げたが、同じように未来を見据えた「新しい軍艦島」ができることを期待したい。

住宅雑誌リプラン・109号より転載


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