ロングランエッセイ

Vol.96 静寂

URB HOUSE PHOTO

 フィンランドのソープストーンを使ったストーブの火入れをした。暖炉の表と裏の両方から炎の見えるタイプである。引き渡しを終えたところに輸入元の暖炉屋の親父さんが盛岡からやって来て、おごそかに火入れを始めた。
  「新聞紙は煤がつきやすい、乾燥してない薪はガラスに煤が付きやすい、乾燥したナラが良い、マツ類は一気に温度が上がりすぎるし、糸のような煤が浮遊するので避けたい」など言いながら焚き付けから細い端材に火を移し、炎が大きくなるとさらに太めのナラの木を焼べ、炎はさらに勢いを増した。
  この暖炉の構造は面白く、上昇した排気を一度暖炉の側面を通して炉の下まで誘導してから、煙突に抜く方法だが、燃えかたがスムーズで淀みない。炎の向こう側が透けているせいもあって、様々に姿を変えて燃える炎は、見るものの心を強く引き付けて止まない。
  炎に勢いがつくと、突然あたりを沈黙が支配した。五分、十分と誰もしゃべらず、只々炎を見続けていた。十人ぐらいが、魅せられたように黙って炎を見つめていた。「よく燃えるね」という言葉をきっかけに、もとの雰囲気に戻ったが、それがなかったら皆黙って、ゆれ動く炎を見続けていたと思う。炎が小さくなって、燠の間から青い炎が上がると「完璧な燃焼になった」と親父さんは満足げであった。何にもなくても、誰もいなくとも、真っ暗闇でも、ただ、炎を見つめているだけで、自分の居るべき処に戻ってきたような気がした。住まいの拠りどころを炎だけに頼るわけにはいかないが、そこには、住まいの本質である「豊かな静寂」が、確かに存在していた。

住宅雑誌リプラン・111号より転載


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