ロングランエッセイ

Vol.99 男性専科

URB HOUSE PHOTO

 フィンランドの男子トイレで、小便器の据え付け高さに驚いたことがあった。背の高い私は、どうにか用を足せたが、同行の背の低い人は苦戦し、少し下がって抛物線を描こうとした人もいたが、屈辱的であった。半世紀ほど前の日本では、どの家にも男性用の小便器が付いていた。当時は水洗式でなかったせいで、目の高さには外が見える窓、下には小さな掃き出し窓があり、巧みに臭いを吐き出していた。外の南天やアオキなどの葉に雨がかかるのを見ながら一気に用を足す時の開放感は、法悦の感さえあり、用を足した後は新しい世界に解放され、男気が上がったように思えた。小便器は、男の自立心や自尊心を育てるのに深く関わっていたように思えた。
 今の住宅には、小便器がない。そのために近頃の男に勢いがない。肉食女子に草食男子と言われるようになったのは、住宅の中に小便器を置かなくなったからに違いない。住宅をつくる時の主導権を女性が握るようになってから、この傾向がはっきりしてきた。まず小便器のスペースがもったいない。便器の周りを汚すから、子供の時から座って用を足せと決めつけてきたおかげで、子供から大人までの男が、洋便器の前ですっかり萎縮するようになってしまったと女性の設計者に話したら、「あら! そんなこと、まったく考えてもみなかったわ。男性は、みんなそう思っているの?」と言われて、あわてた。今、このことを女性陣に伝えなければ、ますます男たちが萎えていきそうなので、遅きに失してはいけない、大きな声で言わなければと思った。
 かつて便器メーカーが、一度だけ蓋付きの細身の小便器を販売したことがあり、少々姑息な感じであるが、洋 便器の脇に付けるように勧めていた。しかし、女性に不評だったせいかすっかり姿を消し、自動で蓋の開く洋便器が人気である。座って用を足せと指導され続けた男たちは、すっかり男気が失せて、心萎えているのを知って欲しい。
 男たちの自立心と自尊心を育てるためにも、住宅の中に、外の景色を見ながら立って用の足せる小便器を与えよ。用を足すのにストレスを与えてはいけない。

住宅雑誌リプラン・114号より転載


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