ロングランエッセイ

Vol.105 鍵

URB HOUSE PHOTO

私の事務所は、煉瓦造りの2階建てで、ツタが煉瓦の壁面から屋根まで届いているので、西洋風な雰囲気がある。そのせいか、一昨年、突然、「映画の撮影にこの家を使わせて欲しい」と若い撮影スタッフがやって来た。韓国と日本の合作で、北海道の美しい風景をバックに展開する青春ドラマを制作するのだという。内部の撮影は玄関辺りだけで、簡単に終えますからというので、協力することにした。しばらくして小柄な監督が、撮影現場の確認に来ていたが、次第に熱を帯びて、2階まで昇って来て、「ここも使おう」と決めて帰ってしまった。撮影作業が始まると二十人近くの人たちが、事務所の内外をウロウロして、隣の銀行の駐車場にヤグラを建てたりしていたが、主役や監督の姿も、たくさんのスタッフの中にまぎれて判らないまま、一週間近くかかって撮影すると、スーッと次の撮影場所に移って行った。
 「『もうひとりの自分』が住んでいたらしい家を見つけ出した主人公が、期待と不安のなか、木製扉に鍵を差し込み、廻してみると、カチッと開く」という重要なシーンに使いたいので、事務所の鍵を貸してくれないかといわれ、持ち歩いている鍵を貸すことにした。私の使う鍵は、いつも決まって堀商店の鍵である。合鍵サービスでもコピーが出来ず、登録番号を会社に送って、新たに作ってもらうしかないという頑固さが気に入っている。最近は、ダイヤルや指紋で開けたりする扉が多くなってきたが、やはり自分だけが持っている、他とは違う独自の鍵のほうが、圧倒的に心落ち着く。2018年1月26日に封切りされたが、撮影協力のお礼にと招待された試写会でも、主人公が鍵を差し込むところがクローズアップされて、ひいき目に過ぎるが、この鍵の魅力と鍵に対する愛着心が分かってもらえると思った。ちなみにこの映画は、『風の色』というが、雪の北海道の魅力を伝える良い映画になっていると思う。


住宅雑誌リプラン・120号より転載


コンテンツ