ロングランエッセイ

Vol.111 手入れ

URB HOUSE PHOTO

20年前に造った住宅の主人が久しぶりに来られて、地下の車庫から2階の居間に荷物を持って上がるのがきつくなってきたので、エレベーターを付けたいが、どこが良いだろうかと言う。
 地下の車庫から2階の廊下辺りに抜けるところが見つかったが、1階では玄関の窓を潰すことになってしまう。それを聞いた主人が「実はこの玄関の窓からは、自慢の庭が見えるんだ」と言う。15年ほど前に、近くの家の庭を造っていた庭師が突然訪れ「この地形に相応しい庭を考えたので、造らせてもらえないか」と熱心に口説かれて、頼んでみたら、思いもよらぬ程の出来栄えで、それからはすっかり自慢の庭になったという。
 早速行ってみたら、前の土地と3メートル近くある高低差を活かし、大きな岩を組み込み、登り降りできる石積みの階段も用意され、庭園と呼ぶに相応しい雰囲気だった。その上、15年経ったせいで、岩や石に苔が厚く付いていた。これまでの時間が、しっとりとした落ち着きをつくり出して、心安らぐ庭となっている。毎年、春と秋には必ず手を入れることで生まれたものに違いない。
 私の設計した家も、20年の間、小まめに屋根や外壁や木製窓の手入れをやってもらっているが、毎年やる秋と春の手入れには敵わない。かつては毎年、襖や障子の張り替え、畳の表替えが年中行事であったが、その頃の家は、ここの庭のようにいつも颯爽としていたように思う。それにしても、庭の方がますます味わいを深めているのは、悔しいと思った。
 確かにこの自慢の庭を、玄関からは見えにくくなるけれど、玄関脇の縁側からこの立体的な庭全体を楽しませてあげてほしいと思う。


住宅雑誌リプラン・126号より転載


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