ロングランエッセイ

Vol.117 反住器(はんじゅうき)

URB HOUSE PHOTO

2020年秋、50年ほど前に釧路に建てられた「反住器」を見ることができた。建築家・毛綱毅曠(もづなきこう)が、母親のために建てた家である。縦、横、高さが8メートルの立方体で、一つの頂点に、三つの大きな三角定規型の窓が付いた変な家である。今でも異質な感じだが、出来たときは、雑誌などに取り上げられ、住宅というより新しい建築として注目を浴びた。8メートル角の立方体のコンクリートの箱の中に、同じ形の4メートル角の立方体が居間として浮いている感じで、箱の中に箱が入っている入れ子の考え方が、独創的だといわれた。
 住宅は暮らしを支えるもので、概念でつくるものではないと考えていた私は、飛びつくように見に行くことはなかったが、毛綱毅曠の展覧会のセミナーに参加した折りに、無理に見せてもらった。
 壁にポツンと付いた玄関扉から入ると、内部はむやみに明るい。内部というより外部である。二つの大きな三角定規型の窓に加えて、天井にも同じ三角定規型の天窓があるから、まるで温室である。半階上がった宙に浮いたような小さな箱が居間である。宙に浮いた居間にも、外の箱と同じように三つの三角定規型の窓があるので明るく「陽」である。その居間の下の半地下になった寝室は、陽射しを遮って暗く落ち着いた「陰」である。まわりにある外の箱と内の箱の間には、不思議で曖昧な領域が広がっていて、毛綱毅曠の「陰陽論」のきっかけに違いないと思えた。
 道東の釧路の冬は氷点下になり、道路は凍りつき、寒さに閉じ込められた長い夜が続く。しかし、晴れる日の多い冬の釧路では、この「反住器」の二つの立方体の隙間に差し込んだ陽射しは、頼もしい明るさであり、温かさであり、優しさである。毛綱毅曠は、独自の概念を踏まえながらも、釧路に暮らす母親への細やかな心配りを忘れなかった親孝行の息子だったと思う。


住宅雑誌リプラン・132号より転載


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