Essay by Maruyama/連載エッセイ

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 北海道では、昭和二十年の終わり頃から、不燃化と気密化と断熱に配慮した三角屋根のブロック住宅が、考案され推奨され、数多く建てられた。その建ち並ぶ風景は、内地では見ることのない、日本離れした風景であった。大学へ入るために内地から来た十八歳の若者にとっては、新しい自分が作れそうで、どこかが解放されるような気持ちにさせてくれた風景であった。
 昭和三十年頃からブロック住宅に住んでいる人の相談を受けた。三人の子どもの成長とともに手狭になって途中で増築されていた。
 「周りも全部ブロックの住宅だったのに、ほとんどが壊されてしまって残念です。かわいそうだから、一部でも残せないだろうか」という話にすっかり同調して、古いブロックの構造を活かして建てることになった。しかし、意外にブロックの耐力がないこと、三角に積んだブロック壁が構造的に不安なこと、ブロック部分と木造部分を明確に区分するなどの条件があって、工夫を凝らさなければならなかった。
 既存のブロックを残すためには、人の手で丁寧に解体しなければならないが、その丁寧な仕事ぶりは、周囲の人たちの評判になった。解体した後には、ブロックの壁がきれいに残った。その外側に木造の増築と外装を施すことになったので、外からは、かつてのブロックの姿を見ることができないが、その内部では珪藻土を塗られたブロックの壁が、しっかりこの家を支えている。
 四十五年以上も前に見た三角屋根のブロック住宅が整然と並んでいた風景が、私にとっての原風景ではないかと思う。北海道にしかないコンクリートブロックの表情を大事にしていきたいと思った。

住宅雑誌リプラン・79号より転載
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