札幌<芸術の森>の雑木林のなか、赤く塗られた板壁に白い窓のはまっているのが、文豪・有島武郎の家である。
たたずまいはロマンチックだ。温室のようにふんだんに硝子を使った居間なども、当時めずらしかったものであったろうし、造りもしっかり骨太に出来上がっていて安心感のある家になっている。しかしせっかく作ったこの家に有島は、たった一年しか住めなかった。 この家に引っ越した年に、年子の三人の息子の末っ子が生まれて喜んだのもつかの間、翌年子供たちの母親、武郎の妻が肺結核で入院することになる。妻の療養生活のために一家で東京に戻るが、その甲斐もなく、3年の療養生活の末、幼い息子たちを残して妻は亡くなる。 この頃の暮らしを題材に描かれた、『ちいさきものたちへ』のなかには、入院のころからの描写があり当時の札幌の様子も伺える。新しい家については、良いとも悪いともかかれていないが、生まれたばかりの子供たちとの暮らしを支えていた姿を想像すると、ただのものとしてしか見えなかったものに心を感じるようになり、この家の見え方、味わい方も変わってくる。 軽井沢で情死する有島武郎ほどドラマはなくとも、どの家族にも盛り上がりこそ差はあるけれど、それぞれのドラマがある。 住まいのなかでの出来事が、住まいの気持ちと心を通わせるのであり、出来事があって初めて血の通った表情を持つことができる。 使いこなされた住まいほど、魅力的でなければいけないのだ。
住宅雑誌リプラン・29号より転載
|