建築事務所を始めてから、もう二十二年にもなるが、いつも古い民家を事務所にしてきた。持ち主が「もう使えんだろう」と思っているような家を見つけて、「確かに、放って置くよりも貸したほうが得だ」と思わせて、安く借りてきたからでもある。しかし、ただ、安いという理由だけで、そうしたわけではなく、個人的な好みから来ているのである。ヘアースタイルは、たった今床屋に行って来ましたといわんばかりのピカっとした髪は、浅薄な感じで醜く、二、三日前に刈ったかなと思うくらいのラフな感じの髪が、美しい、という美学的な見地から、古い家を求めていたのであるから、真新しくて、明る過ぎるような事務所を借りる気など、もともとなかったのである。
しかし、十年ほど前に、運悪く、借りていた家を追い出されることになった。行くところがないとこぼしていたら、「建築の現場事務所に貸している古い家がある」と教えられた。様子を探ってみると、しっかりした煉瓦造りの一軒家だし、そのうえ敷地も広いので、気に入った。知り合いの強い後押しで、強引に借りることができたので、薪ストーブを入れ、窓を入れ、水洗トイレにしたりと手を入れてみたら、よれていた古い家が、すっかり息を吹き返してしまい、新しいものには生み出せない、味わい深い雰囲気を持った事務所になった。 引っ越してから、二、三年した頃に、初老の御婦人と中年の女性の二人連れが尋ねてきて、突然「この家は、私たちが住んでいたんですよ」という。びっくりして聞いてみると、煉瓦工場をやっていた御主人が、昭和二十二年に建てた家だという。近くに来たら、昔、住んでいた家が、あまりに元気そうなので、思わず寄ってみたのだという。当時の婦人雑誌に載ったの。二階は、ほとんどそのままなので、懐かしい。大事に使ってください。といって帰られた。今年で、優に五十年を超えたが、大丈夫。冬の朝は、暖まるのに時間がかかり、除雪も大変だが、造ったときに骨格をしっかり建てたことが、今を支えている。だから、華麗に過ぎないこと、些細なことに拘わらず、骨組みをしっかりすることだ。と、この家は教えてくれている。
住宅雑誌リプラン・50号より転載
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