Essay by Maruyama/連載エッセイ

vol.42「カンテレ」
写真
 フィンランドの民族楽器カンテレの演奏を聴いた。もともとは、五本の開放弦を持った極めて単純な楽器だが、今回聴いたのは、たくさんの弦を持ち、半音階も出せる演奏会用に造られたものであった。そうは言っても、細い弦をはじいて奏でられる音は、あまりにもか細く、耳をそばだてるようにして聴いた。会場のみんなが、シーンとしたところに流れるカンテレの音は、次第に大きく聴こえるようになり、その音は、雪解けの清水のように、心のなかにさわさわと染みわたっていった。多くのひとは、初めてカンテレを聴いたというが、皆、その静かな音色に感動していた。
 演奏のなかにカレリア地方の民謡も含まれていたせいか、隣に座っていたフィンランド大使夫人は「故郷を思い出して、すこし、ホームシックになったわ」としみじみと語った。同じように、演奏されている会場も、次第にしみじみとした雰囲気に充ちていった。また、大きなガラス・スクリーンを通して見える北大の農場も、フィンランドの風景ではないかと思える雰囲気となっていた。
 そこには、精神的な意味の静寂さが、さわやかに空間に広がり、聴いている人をしみじみとさせ、フィンランドの森と湖の風景を想いおこさせる力が生まれていた。
 いつもは、テレビの音に充たされている住宅のなかでも、耳を澄ますような時間を作ってみてはどうだろうか。いままでのように空間を見るのではなく、空間を聴くことができるかもしれない。いままで見えなかった、新しい空間が見つかるかもしれない。

住宅雑誌リプラン・57号より転載
Go to INDEX

Go to HOME